ニトログリセリン

僕のこころ

今日、僕は自分の事を全く分かっていなかったという事実を知りました

 

自分で自分を解析して、ああ、こういう事なんだ、すごいぞ、分かってるぞ、自分で自分を支配してる!って思ってたけど全然そんなこと無かった

 

僕は自分がとても嫌いで、だからいじめ倒して、他人を自分の絶対的なボスに仕立てあげて生活してた。というのが今日わかったこと

 

他人が自分で自分は他人。みたいな考え方してたから、他人が頑張ってるのに自分だけ休むのはどうかと思うとか、自分が苦しんでるのに他人は楽しそうでイライラするとか、そんなだった

でもそれは、自分が他人に依存してるからなんだとはっきりわかった

他人は他人、自分は自分っていう考え方が出来なくなってて、自分で自分を認めることが出来なくなってて、それで他人からの評価にすがり付いてるだけでした

 

子供の僕も大人になろうとしてる僕も大事なのに、認めてあげなかったし、子供の僕が邪魔をするからお前は死ねって思ってた

でもそれは違う、もっと大事にして話をして和解しないといけないこと、名前を与えて可愛がってあげること、自分を好きになることが大事なのかもしれない

 

僕は「死にたい」、と言うよりも自分に自分で「死ねよ」って思うことの方が多い

頂点に君臨する何者かは僕のことがものすごく嫌いで、何かある事に「お前そんなんもできないのか、死ね」って言う

多分その頂点に君臨する何者かって言うのは罪悪感の塊だと思う

多分それが一番駄目なことで、自分さえ自分の味方をしていないのが苦しい理由だと思った

 

 

自分が欲しいと思った

自分を受け入れることの出来る僕になりたいと思った

 

もしかしたら自分が嫌いだから自分を知るのが怖いのかもしれない

他人のことを全部知りたい、知り尽くしたいって思ったり実際に全てを知るために行動する力があるなら、それを自分に向けてあげないといけないとおもった

 

 

 

自分の事わかったフリしていながら微塵もわかってなかった

すごい恥ずかしい

 

もしかして今ずっと苦しいのは、他人が認めてくれないからとかじゃなくて、僕が本当の自分を理解しきれてなくて嫌いだって突き放し続けてるからかもしれない

心の奥底にいる、嫌われ続けた僕の叫びなのかもしれない

 

だからもっと自分に依存しようと思いました