ホルムアルデヒド

僕のこころ

小さい頃から誰かが喜ぶ顔を見るのが好きだった

そこに僕の存在価値があるような気がした

僕が言うことを聞くと母も喜んだ

自分の意思を押し殺さないと愛はもらえない

自分の意思を犠牲にして愛を受け取る

その時はそういう仕組みなのだと思ってた

 

子供の頃は自分の意思を捨てることよりも、親に見捨てられ嫌われ、愛を貰えなくなることの方が怖かった

 

頑張れば頑張るだけ認められて愛してもらえる

そう思ってた

そのうち僕は本心が言えなくなった

「助けて」なんて言えたもんじゃなかった

もし自分の子供が休み時間に一人ぼっちで椅子に座っているなんてバレてしまったら、僕は失望されてもう優しくしてもらえなくなるかもしれない

だから何かあったのか聞かれても平気なフリをした

 

未だに母がうつ病だった時のことを思い出すし悲しかったのも覚えてる

何かを聞くと何故かキレられるし、母の友達がいる時といない時で態度がまるで変わってしまうのも怖かった

毎日苦しそうで泣いていて、僕がいい子じゃないからだと思った

いろんな都合で一定期間父と暮らせなかった時期もあった

その間母はカリカリしてた

 

今思い返せば心が本当に休まる場所がなかったのかもしれない

それが今も続いているのかもしれない

 

言いたいことが言えないのは昔からで、僕が言った言葉がものすごく後々重く感じるから、何も言えなくなっていく

この前もそうやって一つやらかした

僕が余計なこと言わなければ喧嘩にならなかったのに、言ってしまったから

本当のことだったけど、言うべきではなかった

そのせいで弟は部活と勉強で疲れていたのに散々怒られることになってしまった

僕は後悔して勝手にポロポロ泣いて椅子を殴った

特に何も変わらなかった

 

僕が何も言わなければって、いつでも思う

だから僕が喋らなければいいんだって思う